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自然生態系では特定の植食者が大発生することはあまりありません。それは多様な生物間の相互作用により、バランスが保たれているからです。しかし、地球温暖化をはじめとする様々な環境変化により、それらのバランスが変化する可能性があります。農業生態系ではさらに、化学農薬による防除や栽培管理により、それら生物間のバランスが崩れることがあります。農業害虫を持続的に管理するためには、農地や自然界における植物-植食者-天敵の種間相互作用を解明し、そこに働く環境要因を理解して活用することが必要です。当分野では、ハダニなどの微小農業害虫と、その捕食性天敵のカブリダニやカメムシなどの天敵を主な研究材料として、行動から遺伝、基礎から応用、DNAから畑・ランドスケープまで、幅広い研究を行っています。
天敵を知ってIPMを開発する #
ハダニ、アザミウマ、アブラムシなどの微小害虫が、農業現場で大問題となっています。そこで、化学農薬のみに依存することのない防除体系をつくるために、カブリダニ、ヒメハナカメムシなどの天敵を用いた「生物的防除」が注目されています。しかし、彼らをうまく使うには、生態をよく知る必要があります。当研究分野では、これら天敵の、移動分散プロセスや、何を食べているか、餌や環境に対する選好性はあるのかなどの特性解明を進めています。こうした研究では、DNAマーカーも強力なツールとなります。これらの研究を通じてIPM(Integrated Pest Management:総合的病害虫管理)技術の開発につなげます。
天敵による捕食を巧みに避けて生き残る #
害虫と天敵の「食う-食われる」関係は、身を守ろうとする害虫と、獲物を仕留めようとする天敵の軍拡競争を通じて進化してきました。この相互作用の実態を解明し、カブリダニを効果的に用いてハダニの個体群を制御するための技術開発に応用しています。
薬剤抵抗性を獲得して害虫防除から生き残る #
ハダニは新たに開発された農薬(殺ダニ剤)に対して次々に抵抗性を発達させて世界的に大きな問題になっています。体が小さいハダニでは生理・生化学実験が難しく、作用機作が不明のまま抵抗性が発達している薬剤も多くあります。そこで、最近急速に解明が進んでいるゲノムデータをもとに、薬剤抵抗性機構の解明を進めています。また、遺伝的変異をもとに薬剤抵抗性電子の広がり方などを研究しています。
紫外線や高温など厳しい環境を生き残る #
小さなハダニやカブリダニは気温や湿度、紫外線などさまざまな環境からの影響を受けつつ行動や生理的反応を進化させ、植物を上手に利用しながら適応しています。それらの適応機構を解き明かし、その適応機構が食う-食われる関係など生物間相互作用でどのような役割を果たしているか、生態的意義を考えます。さらに、適応機構を逆手にとって利用することで、ハダニ防除におけるイノベーションを狙います。現在は、紫外線UVBを利用した新しい防除技術を検討しています。
研究分野は? #
名前のとおり、生態学をベースとしています。行動/進化生態学、個体群/群集生態学、分子生態学、集団遺伝学、応用昆虫学、害虫管理学などを扱います。
材料は? #
ダニ類と昆虫類を扱います。つまり理屈の上では全生物種の大半をカバーすることになります。しかし、科学研究の目的は普遍的な仮説を導いて検証することであって、珍種を採集することではありません。だから同じテーマを研究するなら、集め易く、飼い易い材料を使う方が便利に決まっています。ハダニを使う人が多いのはそのためです。「誰でも知っている虫を使って誰も知らないことを明らかにする」ことが私たちの理想です。
しかし、農業生態系には多種多様な節足動物が存在します。私たちが目指す減農薬の農業体系が一般化してくると、なおさらです。そのため、その他の害虫、天敵も扱います。現在研究対象となっているのは、以下の昆虫・ダニ類です。
- 害虫:ハダニ、コナガ、アザミウマ、アブラムシ、ミバエ
- 天敵:カブリダニ、捕食性カメムシ、捕食性アザミウマ、捕食性テントウムシ、ヒラタアブ
とはいっても基本的には「どんな材料でも」相談に乗ります。
個人研究かチーム研究か? #
個人ごとに研究テーマを持ちます。研究室の共通テーマを分担するのではありません。論文や学会発表で先生と共著の形になっても、本人のプライオリティーは保証されます。生態情報開発学分野では、個人主義と学問の自由を重んじる気風が守られています。独りで考えて行動できるタイプの人には特にお薦めです。
実証研究か理論研究か? #
実証研究が中心です。ハダニを第二のショウジョウバエにすることが私たちの夢です。
帰納法か仮説演繹法か? #
どちらもやります。体力と根気のある人にはシラミつぶしにデータを取る帰納法が使えます。さらに根性がつくことでしょう。謎解きが好きな人には仮説演繹法(仮説から導かれる推論とデータを照らし合わせて仮説の真偽を確かめる方法)がお薦めです。ありあわせの材料と手法で課題を解決する快感はくせになります。
室内か野外か? #
どちらもできます。微小な害虫や天敵類を扱うため、肉眼で観察するのが難しく、直接観察や操作実験は実験室でします。実験室にはエアコンと人工照明で環境を制御した恒温室があり、何十万匹というハダニやアザミウマ、アブラムシを一年中飼育しています。実験装置の工夫が研究を大きく左右します。NHK教育の「できるかな」が好きだった人にはぴったりです。
[続きを読む]研究テーマ #
研究室に配属する時点から、個人ごとにテーマを持ちます。教員たちが用意するいくつかのテーマの中から選んでもよいし、我こそはと思う人は自分でテーマを考えても構いません。具体的な研究テーマを聞きたい人は、研究室を訪れてみましょう。さすがに、この場で未着手のアイデアを公開するわけにはいきませんので。
我々教員が出すテーマは最初のレールにすぎないので、途中からは自分で方向を見つけて走らねばなりません。研究とは未知へ挑戦することです。研究テーマが短期的にうまくいかない場合もあるでしょう。しかし、成功が保証されているテーマに研究する価値があるでしょうか? 研究テーマの価値は、(得られる成果の大きさ)×(成功の見込み)=「期待値の大きさ」で考えましょう。
(得られる成果の大きさ)と(成功の見込み)のどちらに重きを置くか? 研究にも「一攫千金」タイプと「千里の道も一歩から」タイプがあります(「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」タイプもあるかも)。どれを選ぶかも、あなた次第です。
セミナー #
週に一度、金曜日の午前中にあるセミナーは、学生たちの生活リズムが夜型にずれることに歯止めをかけているようです。セミナーでは研究計画・成果の発表や文献の紹介をします。学生も教員も、年齢や肩書きに関わらず自由に疑問や意見をぶつけます。学問の場では研究者の意見は平等だからです。
研究に活路を拓く臨機応変な問題解決力は、マニュアル化できる性質のものではありません。その「芸」を盗むためには、目の前の同じ課題(データ)に対して他人が解決策を見い出す様子をライブで体験するしかありません。そのために私たちは研究室に集い、セミナーで議論するのです。
学会・論文発表 #
生態情報開発学分野では、1年目から研究成果を学会で発表し、投稿論文を作成するメンバーもいます。厳しいペースのようですが、ハダニのような知見の蓄積した材料を用いて、この研究室で教育を受ければ、難しいことではありません。このペースをこなすことで、外の世界で戦える競争力がつきます。大学院の定員に比べて、研究職や学術振興会特別研究員のポストがはるかに少ない現実がある限り、競争が起きるのは避けられません。研究者の能力は発表した論文で客観的に比べられます。速く論文を出したい学生にとって、先生が論文を校閲する速度が律速段階になります。先生の労働時間は有限なので、論文を書く学生の数が多いほど、先生の返却速度が遅くなるのは自明です。現在(2023年度)の学生数は20名です。
実験室 #
総合館南棟5階に全ての居室と実験室が集まっていて機能的に研究ができます。飼育実験を行う実験室(1)、実験室(3)、飼育室、DNA実験を行う実験室(2)があります。ちらっと覗いてみたい人は、ラボツアー を御覧ください。
デスクワーク #
研究室に所属すると個人用の机が貰えます(当分野が超人気研究室になって毎年フルに4回生・修士の学生が入ってきた場合は、ごめんなさい、4回生は我慢してください)。多くの人はそこにインターネットに接続したノートパソコンを持ち、デスクワークをします。ここで好きなだけ「お勉強」できることが落とし穴にもなります。研究は知識を生産することですから、マニュアルが存在する「お勉強」とは異なる作業です。「誰も気付いていないこと」が教科書に載っているわけがありません。「オリジナリティーのある研究」をするためのマニュアルが存在するはずがありません。研究への不安からか、楽な「お勉強」に逃げる症例が多く見られます(統計、コンピューター、プレゼンテーション、英語、撮影技術、実験法、標本整理、文献集めetc.)。研究のための手段が目的化しないように気をつけましょう。
外出 #
春と秋の学会発表が年中行事になります。国内の学会は各地の研究機関の持ち回りで催されるので、ほとんどが泊まりがけの遠出になります。また、技術の修得や野外調査のために他の研究機関へ泊り込みで出かける人もいます。学会発表者には旅費の補助が出ます。
[続きを読む]皆さんはこの名前から研究室の中身がわかりますか? 実は研究室にいる私たちでさえ、いまだにこの名前の意味がよくわかりません! いろんな経緯でこの変な名前がついたそうですが、一度ついた名前は変えにくいもののようです。責任を取ってちゃんと説明しましょう。
たとえば、国語辞書で「生態」「情報」「開発」を調べてみてください。つなげると、以下のように解釈できると思います。

すなわち「生態情報開発学」とは「生物が自然環境のもとで生活しているありさまを理解し、それを活用して人間の生活に役立つようにする学問分野」と言えます。
このように生態情報開発学は、非常に広い研究分野なのですが、私たちは農学部/農学研究科に在籍し「虫」を研究対象としています。ですから「人間の役に立つようにする」というのは農業害虫の防除です。
そして、小さな虫たちにとっては、自身が生息する農作物も広大な生活空間です。したがって「自然環境」には「農生態系」も含まれます。
当分野では、理解する(基礎) から 役立つようにする(応用) まで、車の両輪として研究を進めています。