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生物の形質には、制約や偶然で説明される「つまらない」部分と、自然選択で造られた「面白い」部分とがあります。ですから同じ現象は2通りに説明できます。例えば、
- 「ハツカダイコンはアオムシにかじられましたが、走って逃げませんでした。これは『植物』という系統の制約のためです。」→正しいけどつまらない説明
- 「ハツカダイコンはアオムシにかじられましたが、その刺激に反応して防衛化学物質を誘導し、食害を防ぎました。」→植物の「賢さ」を見抜いた面白い説明
などです。
私たち生態学者が研究人生を賭けるのは(2)の説明、つまり自然選択によって造られた機能的な形質を説明することです。自然選択にデザインされた生存機械である生物や、それらが構成する生態系の構造は、最高の機能美を持ちます。機械の性能を熟知した人だけがその真の美しさに気付くように、生物の形態や行動の機能を理解すれば、自然の美しさの必然性に気付きます。生態学を学んだあなたには世界が違った姿に映るはずです。
普遍的な自然選択の力は、ハダニのような微細な生物にまで及ぶので(神は細部に宿るのです)、逆にこの細部を研究することから、マクロな世界を創造する普遍的な仕組みを演繹することができるのです。ダニや昆虫たちの行動が人間に重なって見えるのは、決して偶然ではありません。生態学は、人間の行動や社会に関する多くの問い( 例はこちら)に対しても有力な説明を提供してくれます。その説明力はあらゆる宗教・哲学の説明力を凌駕すると私たちは考えます。生態学を学んだあなたには「悟り」が開けるはずです。
総合学問である生態学には、関連する多くの知識が要求されます。ちなみに「生態学」の教科書 (Begon, Harper and Townsend 著、堀道雄監訳) は1300頁という絶望的な厚みがあります(ただし個人が卒論や修論で直接関わる部分は数十頁程度ですからご安心を)。調査や実験、解析、研究発表のためにはさらに多くの知識が必要なのは言うまでもありません。しかし、そうしたマニュアル化できる知識は研究を進めるための「手段」にすぎません。生態学を研究する上で本当に大きく物を言いうのは、検証に値する仮説をつくるセンスと、必要な研究手法を開発する創意工夫です。これが生態学を研究することの魅力であり怖さでもあります。一山当てたいあなたには、生態学がお薦めです。
「昆虫少年」「虫愛づる姫君」にはお目にかかれても「ハダニおたく」を見ることはまずありません。いくらハダニが重要害虫だと聞かされても、興味を感じないのが普通の感覚ですよね。でもちょっと待って! ハダニが害虫であることには理由があります。そしてその理由こそが、私たちがハダニを材料に選んでいる理由でもあるんです。
ハダニが害虫である理由とは・・
- 増えやすいこと
- わずか♀一匹でも新しい生息場所を開拓できること
- 多くの植物種を加害する(食わず嫌いが少ない)こと
- 殺虫剤への抵抗性がすぐに発達すること
などです。
(1)は、増えて困るくらいなので、飼い易いことを意味します。これはとても大事なことです。何しろ飼えないために研究できない生物種はいくらでもあるのです。
(2)は、未交尾♀が半数体の息子を生み、成長した息子と老いた未交尾の母が交配して(ゲロゲロ)子孫を残せるからです。これだけ近親交配に強いと交配実験をするのにとても便利です。
(3)も、草食動物では極めて珍しいことで、食草を取り替える実験が可能になります。
(4)は、世代時間が短くて進化が速いためです。ハダニの世代時間はわずか10日、ハダニの1年は人間の千年なのです! だから小進化の過程を実証することだって簡単です。
さらに,ハダニのふだんの行動範囲は1枚の葉の上です。だから、実験室のシャーレの上でハダニの行動を観察するのはそれほど不自然なことではありません。ゾウやシマウマが材料だったら、行動を観察するためにサファリパークを造らないといけません! また、ハダニについて何かを知りたい時は、文献を探すよりもハダニに聞く(=データをとる)方が早いこともあるほどです。ハダニがどれだけ便利な材料なのか、おわかりいただけましたか?
私たちはこのように、ハダニを実験動物として使い、普遍的なテーマを研究しています。研究室のメンバーの多くは、材料主義の学会(日本ダニ学会、日本応用動物昆虫学会など)とテーマ主義の学会(個体群生態学会、動物行動学会、日本遺伝学会など)の2つの座標軸を持つことによって、研究者としての視野を拡げています。
研究分野は? #
名前のとおり、生態学をベースとしています。行動/進化生態学、個体群/群集生態学、分子生態学、集団遺伝学、応用昆虫学、害虫管理学などを扱います。
材料は? #
ダニ類と昆虫類を扱います。つまり理屈の上では全生物種の大半をカバーすることになります。しかし、科学研究の目的は普遍的な仮説を導いて検証することであって、珍種を採集することではありません。だから同じテーマを研究するなら、集め易く、飼い易い材料を使う方が便利に決まっています。ハダニを使う人が多いのはそのためです。「誰でも知っている虫を使って誰も知らないことを明らかにする」ことが私たちの理想です。
しかし、農業生態系には多種多様な節足動物が存在します。私たちが目指す減農薬の農業体系が一般化してくると、なおさらです。そのため、その他の害虫、天敵も扱います。現在研究対象となっているのは、以下の昆虫・ダニ類です。
- 害虫:ハダニ、コナガ、アザミウマ、アブラムシ、ミバエ
- 天敵:カブリダニ、捕食性カメムシ、捕食性アザミウマ、捕食性テントウムシ、ヒラタアブ
とはいっても基本的には「どんな材料でも」相談に乗ります。
個人研究かチーム研究か? #
個人ごとに研究テーマを持ちます。研究室の共通テーマを分担するのではありません。論文や学会発表で先生と共著の形になっても、本人のプライオリティーは保証されます。生態情報開発学分野では、個人主義と学問の自由を重んじる気風が守られています。独りで考えて行動できるタイプの人には特にお薦めです。
実証研究か理論研究か? #
実証研究が中心です。ハダニを第二のショウジョウバエにすることが私たちの夢です。
帰納法か仮説演繹法か? #
どちらもやります。体力と根気のある人にはシラミつぶしにデータを取る帰納法が使えます。さらに根性がつくことでしょう。謎解きが好きな人には仮説演繹法(仮説から導かれる推論とデータを照らし合わせて仮説の真偽を確かめる方法)がお薦めです。ありあわせの材料と手法で課題を解決する快感はくせになります。
室内か野外か? #
どちらもできます。微小な害虫や天敵類を扱うため、肉眼で観察するのが難しく、直接観察や操作実験は実験室でします。実験室にはエアコンと人工照明で環境を制御した恒温室があり、何十万匹というハダニやアザミウマ、アブラムシを一年中飼育しています。実験装置の工夫が研究を大きく左右します。NHK教育の「できるかな」が好きだった人にはぴったりです。
一方、野外調査は個体数の調査とサンプルの採集が中心になります。野外から採集してきたサンプルからDNAを抽出して遺伝構造の解析を行ったりもします。府県などの研究機関にお願いして共同研究をして、実際の圃場での研究も実施します。野生植物で調査するのなら大学近辺でも十分にできます。太陽の下で生物の営みを観察するのが好きな人にはオススメです。
要するに「どこでも」調査できます。
基礎研究か応用研究か? #
「生態情報開発学って何?」で説明したように、基礎と応用は車の両輪です。それぞれのメンバーは、基礎寄りだったり応用寄りだったりしますが、決して基礎だけ、応用だけの考えしか無いようなことのないように希望します。基礎から応用を繋ぐのは、農学部/農学研究科に課せられたミッションでもあります。
どんな応用? #
これまでの害虫防除は、化学合成農薬に頼り切った体系が主流でした。しかし、環境や人体への影響、散布労力、害虫の薬剤抵抗性の発達により、限界に来ています。そこで、現在では総合的病害虫・雑草管理(Integrated Pest Management:IPM) という考え方が主流になっています。そこでは、化学的防除(化学農薬)だけではなく、物理的防除(防虫ネットなど)や耕種的防除(耐性品種など)を組み合わせた防除体系を構築しますが、天敵を用いた生物的防除はまだまだ研究の余地があり、当分野での研究対象として重要視しています。
天敵と害虫の食うもの−食われるものの関係は、まさに生態学をベースとした当分野にぴったりの研究対象です。
研究テーマ #
研究室に配属する時点から、個人ごとにテーマを持ちます。教員たちが用意するいくつかのテーマの中から選んでもよいし、我こそはと思う人は自分でテーマを考えても構いません。具体的な研究テーマを聞きたい人は、研究室を訪れてみましょう。さすがに、この場で未着手のアイデアを公開するわけにはいきませんので。
我々教員が出すテーマは最初のレールにすぎないので、途中からは自分で方向を見つけて走らねばなりません。研究とは未知へ挑戦することです。研究テーマが短期的にうまくいかない場合もあるでしょう。しかし、成功が保証されているテーマに研究する価値があるでしょうか? 研究テーマの価値は、(得られる成果の大きさ)×(成功の見込み)=「期待値の大きさ」で考えましょう。
(得られる成果の大きさ)と(成功の見込み)のどちらに重きを置くか? 研究にも「一攫千金」タイプと「千里の道も一歩から」タイプがあります(「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」タイプもあるかも)。どれを選ぶかも、あなた次第です。
セミナー #
週に一度、金曜日の午前中にあるセミナーは、学生たちの生活リズムが夜型にずれることに歯止めをかけているようです。セミナーでは研究計画・成果の発表や文献の紹介をします。学生も教員も、年齢や肩書きに関わらず自由に疑問や意見をぶつけます。学問の場では研究者の意見は平等だからです。
研究に活路を拓く臨機応変な問題解決力は、マニュアル化できる性質のものではありません。その「芸」を盗むためには、目の前の同じ課題(データ)に対して他人が解決策を見い出す様子をライブで体験するしかありません。そのために私たちは研究室に集い、セミナーで議論するのです。
学会・論文発表 #
生態情報開発学分野では、1年目から研究成果を学会で発表し、投稿論文を作成するメンバーもいます。厳しいペースのようですが、ハダニのような知見の蓄積した材料を用いて、この研究室で教育を受ければ、難しいことではありません。このペースをこなすことで、外の世界で戦える競争力がつきます。大学院の定員に比べて、研究職や学術振興会特別研究員のポストがはるかに少ない現実がある限り、競争が起きるのは避けられません。研究者の能力は発表した論文で客観的に比べられます。速く論文を出したい学生にとって、先生が論文を校閲する速度が律速段階になります。先生の労働時間は有限なので、論文を書く学生の数が多いほど、先生の返却速度が遅くなるのは自明です。現在(2023年度)の学生数は20名です。
実験室 #
総合館南棟5階に全ての居室と実験室が集まっていて機能的に研究ができます。飼育実験を行う 実験室(1)、 実験室(3)、飼育室、DNA実験を行う 実験室(2)があります。ちらっと覗いてみたい人は、 ラボツアー を御覧ください。
デスクワーク #
研究室に所属すると個人用の机が貰えます(当分野が超人気研究室になって毎年フルに4回生・修士の学生が入ってきた場合は、ごめんなさい、4回生は我慢してください)。多くの人はそこにインターネットに接続したノートパソコンを持ち、デスクワークをします。ここで好きなだけ「お勉強」できることが落とし穴にもなります。研究は知識を生産することですから、マニュアルが存在する「お勉強」とは異なる作業です。「誰も気付いていないこと」が教科書に載っているわけがありません。「オリジナリティーのある研究」をするためのマニュアルが存在するはずがありません。研究への不安からか、楽な「お勉強」に逃げる症例が多く見られます(統計、コンピューター、プレゼンテーション、英語、撮影技術、実験法、標本整理、文献集めetc.)。研究のための手段が目的化しないように気をつけましょう。
外出 #
春と秋の学会発表が年中行事になります。国内の学会は各地の研究機関の持ち回りで催されるので、ほとんどが泊まりがけの遠出になります。また、技術の修得や野外調査のために他の研究機関へ泊り込みで出かける人もいます。学会発表者には旅費の補助が出ます。
また、天敵防除実証研究や、野外個体群の採集など、野外調査も行います。 ラボツアーも参考にしてください。
時間の事情 #
週1回のセミナーを除けば、拘束時間はありません。やる気のある研究者にとって自由な研究環境は不可欠だからです。みんな好きな時間に来て、好きな時間に帰ります。学校に来なくても誰にも怒られませんが、そのツケを払うのも自分です。実験室と研究室は夜間・休日も利用できます。研究テーマが個人別なので、自分で時間を融通すれば、誰にも迷惑をかけずにアルバイトや課外活動、家事労働ができます。計画的に休めば長期旅行も可能です。もちろん気晴らしが本業にならない程度にお願いします。上記セミナーの項で述べたように、議論は自身の研究能力を高める上で重要です。できるだけ研究室に出てきて皆で議論することをオススメします。
増殖力が高い虫を飼うことは諸刃の剣です。材料がいくらでも手に入る利点と引き換えに、2~3日に一度の世話が必要です。でもこれは考えようです。虫の世話のために実験室に出てくる必要が生じるので、生活にリズムができます。どんなに忘れっぽい人でも、実験室に来て虫を見れば、前にやりかけていた作業を思い出せます。旅行や帰省の時は、虫の世話をお互いに頼みます。材料の勝手を知る人に世話を任せるので安心です。
進路と就職 #
多くの人が修士課程へ進み、さらにその一部が博士課程へ進んで研究を続けています。卒業生の就職先は、農水省傘下の国立研究開発法人や府県の農業研究機関、農薬/食品会社などの研究職に就く人が多い一方、広告会社や新聞社などのマスコミに文系就職する人もいます。前述のように研究時間をやり繰りできるので、ある期間だけ就職活動に専念することができます。
たとえ研究者にならなてくも、学生時代にしっかり研究に取り組み、その経験を社会に活かすことが、京都大学の学生に課せられた社会的責務でもあります。
皆さんはこの名前から研究室の中身がわかりますか? 実は研究室にいる私たちでさえ、いまだにこの名前の意味がよくわかりません! いろんな経緯でこの変な名前がついたそうですが、一度ついた名前は変えにくいもののようです。責任を取ってちゃんと説明しましょう。
たとえば、国語辞書で「生態」「情報」「開発」を調べてみてください。つなげると、以下のように解釈できると思います。
すなわち「生態情報開発学」とは「生物が自然環境のもとで生活しているありさまを理解し、それを活用して人間の生活に役立つようにする学問分野」と言えます。
このように生態情報開発学は、非常に広い研究分野なのですが、私たちは農学部/農学研究科に在籍し「虫」を研究対象としています。ですから「人間の役に立つようにする」というのは農業害虫の防除です。
そして、小さな虫たちにとっては、自身が生息する農作物も広大な生活空間です。したがって「自然環境」には「農生態系」も含まれます。
当分野では、理解する(基礎) から 役立つようにする(応用) まで、車の両輪として研究を進めています。